当院の歴史

当院は1886年(明治19年)に岩崎春仙が開業した診療所を前身としています。以来、倉敷児島の地で130年以上に渡り眼科診療に携わってまいりました。3代目院長の岩崎正哉が1915年(大正4年)に眼科専門医院(児島岩崎眼科)を味野商店街(現 児島ジーンズストリート)に開業して以来、眼科専門の診療所として現在まで歩んでいます。5代目院長である佐藤達雄が1953年(昭和28年)に佐藤眼科医院と改名し、6代目院長の渡辺好政が1971年(昭和46年)に味野商店街(現 児島ジーンズストリート)内の旧富士銀行児島支店の建物へ医院を移転しました。その後、瀬戸大橋開業と時を同じくして1988年(昭和63年)にJR児島駅前の現在地に現医院を移転開業しました。1989年(平成元年)より7代目院長の渡辺英臣を中心に倉敷児島の皆様の眼の健康維持に携わっています。また当院では、歴代院長が岡山大学を始め、京都大学、大阪大学を含む全国基幹病院での技術修練、研究活動を行ってまいりました。これからも進歩の目覚ましい眼科分野の中でより良い医療を提供すべく努力してまいります。

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1915年の眼科専門開業広告

旧佐藤眼科医院

1886年(明治19年) 

            

1915年(大正4年)   

1929年(昭和4年)  

1953年(昭和28年) 

1959年(昭和34年) 

1971年(昭和46年) 

1988年(昭和63年) 

1989年(平成元年)   

初代院長 岩崎春仙が診療所開業

その後、2代目院長 岩崎序平が就任
3代目院長 岩崎正哉が児島岩崎眼科を開業(眼科専門となる)
4代目院長 岩崎孫一が就任
5代目院長 佐藤達雄が佐藤眼科医院を継承開業

6代目院長 渡辺好政が就任
旧富士銀行児島支店の建物へ医院を移転

JR児島駅前の現在地に移転開業

7代目院長 渡辺英臣が就任

​前院長の紹介

現在の佐藤眼科医院の原型を作ったのが前院長の渡辺好政です。好政は子どもたちの視力を守るスペシャリストとして長年我が国の第一人者として活躍しました。好政が眼科医となった1950年代には、小児眼科(弱視、斜視)の分野は我が国の医療界では顧みられておらず、全く未開の分野でした。重要でありながら誰も手を付けていなかったこの分野を好政はライフワークと感じ、その後数十年に渡って佐藤眼科医院、岡山大学、川崎医科大学を含む全国の医療機関で研究とスペシャリストの育成に携わりました。その結果、好政の指導を受けた多くの門下生が優れた医師、視能訓練士(眼科検査員)として全国に羽ばたくこととなり、我が国の小児眼科の発展に大きく貢献することになります。好政自身も全国の小児眼科医が集う第42回日本弱視斜視学会の総会長に指名されるなど、開業医でありながら全国規模、世界規模の活躍を続け、瀬戸大橋開業と時を同じくして1988年に現在の佐藤眼科医院を建設しました。その後も国際組織の理事や地域の医師会長などの役職を通じて医療、教育、社会事業などに多大な貢献をしつつ、後世のための人材育成に取り組みました。

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​渡辺好政 略歴

 岡山大学医学部医学科卒業

 岡山大学大学院博士課程修了 医学博士

 岡山大学医学部 元客員教授

 国際斜視学会 元理事

 岡山県医師会 元理事

 日本眼科医会 専門委員会元委員長

 岡山県眼科医会 元会長

 児島医師会 元会長

 国際ロータリークラブ 元理事(日本代表)